しばらく前に読んだ佐野洋子さんの短編集『乙女ちゃん―愛と幻想の小さな物語』の中の『鯨』という短編が忘れられない。
かつて人間だった女はいろいろな経験の後に運命の人と出会い、鯨となったという。
鯨は語る。
ちなみに現在は絶版。もったいないね。
ISBN:4062645319 文庫 佐野 洋子 講談社 1999/02 ¥510
かつて人間だった女はいろいろな経験の後に運命の人と出会い、鯨となったという。
鯨は語る。
「(その運命の男と出会った後)そのうちに友達が、夫婦喧嘩をして泣いて私のところに来ても私、火星人を見るみたいで、目開いてポカンとしてるのね。そこそこに一生懸命生きて、そこそこに男と女やってる人の気持ちが全然わからなくなっていた。何十年も私がやって来た普通の人間の感情がきれいに消えてしまって、一生懸命共感しようとしても口先ばっかになっちゃっているの。その時、わたしわかったわ。人間はもしかしたらあるかもしれない至上の愛という幻のために生きているんだって。幻がそのまま現実になってしまったら、もう人間ではないんだって。私達完璧な組み合わせだったのよ。気がついたら、私のまわりに友達は一人もいなくなって、私達も他人を全く必要としなくなっていた。
持っているものを全部処分して新宿駅のゴミ箱に三つのお金の包みを捨てて、鯨になってそこから海に入ってしまったの」
鯨はぐらりとゆれた。そして小さな目から泪を流し始めた。その時、もう一匹の大きな黒いかたまりが海からもり上がって来た。鯨だった。二つの大きな鯨はとけ合う大きな山になった。
二つの大きな鯨はお互いの涙を静かになめ合い、うねりながら、海に沈んで行った。
ちなみに現在は絶版。もったいないね。
ISBN:4062645319 文庫 佐野 洋子 講談社 1999/02 ¥510
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